エンジェルであったアースは永久とも思われし幽閉の末、ネーブル嬢の助けによって解放。天に昇り神となった。
(参考 http://homepage2.nifty.com/epitaph/earth2.htm)
このアースに精神の理想を見、一歩でも近づくべく、祈り、愛し、修養に励む。それがアース教である。
神に近づくとは何か。何故神に近づくのか。
あらゆる生命は進化の螺旋を経て今日に至った。更なる高みへの上昇は生命に課せられた使命である。
さもなければ今の世は存在し得ないからである。
私はここに宣言する。
「アース信仰を通し、より高次の存在『神』を目指す」
これをアース教の目標とする!
危険思想にあらず
ここで言う「神」とは単に力の強いものを意味しない。まして欲望に駆られ世界を牛耳ろうとするものではない。
力の過多はさしたる問題ではない。いくら速く走ろうと犬は犬であり、いくら膂力を誇ろうと熊は熊である。
力のみで神を目指し、力のみを極めて神を名乗るものは、所詮は井の中の蛙。神たる視野を持ちえていない証左である。
より高次の存在を目指すには精神を高めねばならない。
人は何故人となりえたか。それは精神を発達させたからである。力にて果たせる事などたかが知れている。
しかし精神活動は全てを包み込む。
精神は宇宙の果てまで及ぶのだから。
神になるとは、超越するとは
神は人間を超越した存在である。超越するとはどういう事か。それは力にて蹂躙し、己が覇を為す事ではない。
価値観をも超越しなければならない。
例えば、金銭に執着してはならない。汝は猿が喜んで弄ぶ石ころを欲しがるだろうか。
他者の誹謗に動じるようではいけない。汝は犬に吠えられ激昂するのだろうか。
超越するとはこういう事である。
一切の俗世に心動かさず、されど慈悲と寛容の精神を気高く保ち、孤高に己を高めていく。
それがアース教。アース教徒の姿勢である。
指針発表
他者の理解を容易にすべく、この思想に基づいて、三つの目標と六つの戒律を発表する。
これこそがアース教徒の守るべき生活の指針である。
<三目標>
一、精神の充足
一、高次の存在への進化
一、神との合一
<六戒律>
一、アースを敬い、愛さねばならない
一、みだりに世俗のものに心を動かしてはならない
一、常に神の目を意識し、己が良心に耳を傾けよ
一、精神を豊かにし、他者に寛容であれ
一、弛まぬ上昇への努力を為せ
一、信仰を決して絶やしてはならない
されどこの教義も完全ではない。何故なら……忘れてはならないのは、
所詮教皇などと名乗るこの私も「未進化」にして「不完全」な存在だということである。
故に教義は常によきものを目指し動いていく。(勿論根本的なものは変わらないが)
だがそれは妥協だの事大主義だのではない。常に高次を目指すがゆえのことである。
……が、今はこの目標・戒律を信じてよい。
疑問があれば心置きなく訪ねて来て欲しい。私は疑問を抱き問いを発する者を心から歓迎する。
以上で宣言を終える。
執筆 教皇ネヴァモア
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