何かを崇める以上、その崇める対象について知りたいと思うのは必然であろう。
何も知らずして崇めるは単なる盲従である。確かに純粋な信仰の念とは理が先に
立つものであってはならないと思うが、しかし正確な知識と論理は必ずや信仰の力となり、
またそれでこそ他人を説き伏せる事ができるのである。聖神アースとは如何なる存在なのだろうか。
アースを知る上で最大の――ほぼ唯一の資料であるのが、聖女ネーブル(マリアンルージュ/デューストルク1-9在住)
の伝記『砂のエンブレイス』(※1)である。エディン人の少女ネーブルが祖母の死をきっかけに旅に出、
様々な出会いを繰り返し、エディンの里を世界に開放するに至るまでを描いたこの書の一節には、
聖域に囚われしアースをネーブルが解放するという、アース信仰にとって極めて重大事が語られている。
ここでは思い込みを排し、この書の記述を忠実に読み解いていく事にしたい。さすればアースという存在の本質に近づく事ができよう。
二人の出会いを見てみよう。(以下会話文、『砂の〜』より抜粋)
(場所は失われた聖域の深奥。鎖に繋がれたアースが床に座っている。ネーブルが話し掛ける)
「……誰?」
「えっ……私はネーブル。あなたは?」
「僕はアース」
「大丈夫?」
「この鎖? 平気だよ、繋がれるのは慣れっこさ」
「慣れっこ?」
「うん……ボクの翼をごらんよ、ほら、先のほうが黒くなってるだろ? これはね、悪魔の呪いなんだよ」
「の、呪いですか?」
「そう、呪い。生まれる前からだったんだって。どんな呪いか分からないけど、この翼が全部黒く染まったとき、災いが降りかかるらしいんだ(※2)」
「災い?」
「うん」
「どんな災いなんですか?」
「分からないよ」
「分からないって……それでどうしてここに? 治らないんですか?」
「それが無理らしいんだ。でも、ここは強い力で守られてるからね。ここにいれば世界は安心さ」
「いつまで?」
「さぁね……分からないよ。きっと……そうだなぁ、この世の終わりまでじゃないかな」
「えぇっ!? つらくないの? 寂しくないの?」
「うーん……どうだろ。あんまり考えたことがないな……」
「そんなの、おかしいですよ……」
「……オカシイ……?」
「うん、おかしいですよ。そんなの可哀相です……」
「……ふぅん……。人間って不思議な考え方をするね。面白いな……」
以上が両者の初対面時の会話であり、アースを考える上で最も重要といえる個所である。
まずアースの種族であるが、自ら後に「天界に住んでいた」と述べている事からエンジェルであると見て良い。
エンジェルとはかつて天界に居て世界を収めし聖神コリーア(※3)の眷属であるとされている。
コリーア滅びし後の彼らについては詳細は不明だが、大多数は地上に下って人間と共に生活を送っているようである。
これは現在のネバーランドに相当数のエンジェルが暮らしているという事実から明らかである。
しかしこのような事はさして重要ではない。アースを単にエンジェルという一般の種族の区分で語って済ませる訳にはいかない。
何故なら彼はその置かれた状況、課せられし運命において、他の存在と大きく異なるからである。
それを物語っているのがアース最大のキーワード「黒い翼の呪い」である。
残念ながらこの呪いについては上に記された以上の事は何も判っていない。呪いをかけた存在、呪いの結果どうなるか、
といった事については全く謎に満ちていると言わざるを得ないのである(※4)。
ただ後者についてはアースが聖域の奥に長きに渡って縛されていた事から、それだけの対処を必要とする程の恐ろしい呪いであろうと思われる。
これは「ここにいれば世界は安心さ」というアースの台詞からも読み取れよう。
(なお、幼少期に縛されたと推察される。何故ならネーブルに解放されるまで外界の知識がほとんど無かったからである。
と言って生後まもなくという訳でもない。「子供の頃、よくそれ(何でも願いを叶える石)で遊んでいたんだ」という発言が後に見られるからである)。
この呪いがアースに多大な影響を与えた事は想像に難くない。彼はこの忌まわしい呪いのために長き間鎖に繋がれていたのである。
物心つく前からの監禁の結果、アースの精神は常人のそれとは大きく異なるものとなった。「ここにいれば世界は安心さ」
と自らに極めて恬淡な態度に加え、辛さ、楽しさという念からも無縁なのである。
アースは言う「あんまり考えたことがないな」。人との触れ合いも、胸躍る出来事も無く、ただ精霊達との会話が唯一の外界との接触であった。(※5)。
さらにその両肩に、まさに「文字通り」呪いを背負っている。これは恐ろしいものだ。
常人が背負うのは自分一人の――多くても一国の全住民――運命でしかないだろう。
だがアースは、まさに全世界の命運をその肩に荷っているのである。
自らと隣り合わせの世界の破滅。黒く染まる翼を見る度に果たして何を思ったか。
それは我等の想像を遥かに絶する過酷な運命である。
ネーブルと出会う事でアースの心にも変化が生じる。外界に興味を持つようになるのである。
「地面の下に町があってね、楽しい人たちが住んでるし(※6)、外の世界からも人が来てて街を作ったりしてるの(※7)」
「へぇぇ……見てみたいなぁ! 早く自由になりたいね!」
「……ねぇ、アース」
「なに?」
「うん……なんか最初の頃と変わったよね?」
「そうかな?」
「うん、変わったよ。だって、最初はここから出るの興味なさそうだったもん」
「なんだろう? ネーブルがカギを外して光が消えるたび(※8)、何かがボクの中に流れ込むんだ」
「ふぅん……」
「この感じ、知ってる気もするし、初めての気もするし……そんなに変わったかな?」
「変わったよ。すごく変わった。でも、今のほうがいいよ。話してて楽しいもん♪」
「ハハ、うれしいな。ボクもネーブルと話してて楽しいよ」
「ふふ……」
「ハハ……」
そしてついにネーブルの働きによって縛めは解かれ、アースは晴れて自由の身になる。
二人は共に旅し、やがてそれぞれの道を進むために別れる。ネーブルは各地を旅してまわり、
アースは無人となった天界に昇っていき、現在に至る。
何故アースが天界に向かったかは彼のみぞ知る。が、恐らく自らにかけられた呪いに責任を感じ、
世界を見守ることに決めたのではないか。翼がいつ黒く染まりきるかは判らない。
ならばせめてそれまでは自分が世界を守っていこう、そう考えているのではないだろうか。
さればこそ時には「裁き」という形で世界に秩序を与えているのはないかと私は考える。
だがこの問題――アースの神としての正当性及びその目的――については後著に譲りたい。
アースは悲しき運命を背負い、過酷な境遇を経て今に至った。
これを鑑みれば「神滅」の思想が如何に暴虐で慈悲に欠け、如何に不当なものであるかは明らかだと思う。
少なくとも神との対話を試みるべきである。そうせずにいたずらに声高く「神滅」を唱えるは愚かな事――ほとんど野犬にも等しい行為であろう。
注釈解説
※1 IFより発売のPS用ゲーム。主人公ネーブルを操り、パートナーと共に「何でも願いの叶う石」を探す。
穴を掘ってアイテムを見つけるのが特徴。雰囲気を損ねぬようここでは書物に例えた。
ちなみに「聖女」の称号はアース教会で勝手に授けたもの。大丈夫、当人は快く承知してくれました(笑)。
※2 『キャラクターズ真書2』では「世界は破滅する」と言い切っている。
※3 かつての神。元は古代の人間で、大地の意志ヘルガイアを仲間と共に封じ、
オーバーテクノロジーの力を用いて神を名乗るようになった。
自らの世界支配を揺るぎ無きものにすべく人を駒のように扱うなど非道な面も多い。
最後は眷属もろとも滅ぼされた。
※4 『キャラクターズ真書2』ではアースの力を恐れたコリーアが呪いをかけたとの説が紹介されている。
※5 精霊をテレビと見れば、かつて現実の世界で起きた忌まわしい少女監禁事件を思い出されよう。参考までに。
※6 モリュラ族の事。KOCの「ハマン爺の手記」に出てくるハマンはここの長老。
※7 シンバ帝国の仮設街。責任者はアンクロワイヤー。ネーブルのパートナー候補の一人。
現在はゴルデン/首都ゴルデン1-1に在住。GOC出演のためか忙しいようである(笑)。
※8 アースを解放するには6つの鍵が必要であった。
執筆 教皇ネヴァモア
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