【論争】アース教会・神滅騎士団ランシュバイク間 「神滅の是非について」 Vol.1

 154593: ネヴァモア 2001/04/10 23:53:11 
これは以前フェンリル氏が立てたスレッドから派生した論争で、
神滅という行為の是非について双方が意見を戦わせるというものです。

ここネバーランドをかの神抜きにして語ることは不可能。
神に対する念が如何様であろうと、アースがこの世に実在し、
影響を及ぼせる存在である事は否定できぬ事実。
故にアースにまつわる議論は我々関係者のみならず、
全ての人にとって必ずや有益なものとなるでしょう。

部外者の意見も(したいというのであれば)勿論歓迎いたしますが、
その際くれぐれも議論のマナーは守っていただきたい。


 154595: まず ネヴァモア 2001/04/10 23:56:07 

前スレより特に議論に関係ある意見を再掲載する。

(……これが大変で今まで遅れた訳です。夜は大変重いですからね。
 いや、愚痴を失礼)


 154596: フーシェン氏の挿話 ネヴァモア 2001/04/10 23:56:54 


かつて娘がいた。
その身その心を神に捧げ、その剣を神の正義に捧げた。
普く神の正義を示さんが為、同胞を守らんが為、
娘は東奔し西走して、戦場を駆け回り、
多くの血を流して、同じだけ自らも多く傷ついた。

あるとき、娘は敵に捕らえられた。
娘は火刑に処されるべく、磔られた。
娘はそれでも神の信徒として、神の正義を叫んだ。
そのような娘に人々は礫と罵声を叩きつける。
「そんなに神がすばらしいものなら、
なぜお前は今、そうして磔られているのか」
「お前のいう神はおまえひとり救い出すこともできないのか」
娘は答えることができなかった。
戦場での死、老い、病での死。
多くの同胞の死を娘は看取ってきた。

いつも祈りは死に行く者を救いはしなかった。

なぜ神は悲しみの種を取り除いてくださらないのだろうか。
娘の心の片隅に常にわだかまる思い。

そして火がかけられ、立ち上る煙の中で、
娘は叫んだ。悲しみを吐き出した。
「神よ、なぜお見捨てになるのか!」


 154597: (続き) ネヴァモア 2001/04/10 23:57:58 


娘の亡骸はその後、川に打ち捨てられたという。

神は人の魂を捕らえ、悲しみの種を生み出す。
我らは今こそ、これを討ちて魂の自由なるを得、
自らの足にて立つ者とならん。

願わくば、娘の魂の死してもなお神に捕われざることを。


 154599: フェンリル氏の主張 ネヴァモア 2001/04/11 00:01:29 


神は己の為に力を使う
『何のために…何が欲しいのか…
 何故俺は神の戦によって死んだのか…俺の死に何の意味が…』
神は進化を妨げる
『人は行き過ぎた存在になるべきではない…ならば貴方は何なのだ』
神は命を救わない
『魂のゆりかごは冥界…天界ではない
 ならば私は今まで誰の力で人を癒していたのだろう』
神に祈りは届かない
『ねぇ…なんでぼくは死ぬの…?
 おかぁさんがまいにちカミサマにお祈りしてくれてたのに…』

俺の中に存在する一つ一つの残された命の欠片。
全ては繋がり、一つの言葉を浮かべる。
『この世界に必要ないのは…』
…そう、…神だ。


 154601: Sein氏の意見 ネヴァモア 2001/04/11 00:02:22 


神という存在は有っても良いと思う。
人の心の支え(信仰)として・・・あるいは超自然的力の象徴として。
しかし、神という存在が人間のそばまで来て手出しすることは認めない。
神は天にて見守るだけでいい。よけいな手を出すな、口を出すな。

奇跡だ奇跡だとやたらと手を出し口をはさむなんて神のすることか。
そんなものは地上にて生きるものがすればいい。
地上に住まう愚かな詐欺師にでもやらせておけばいい。
人のそばにくるな!軽軽しく姿を見せるな!ただ存在していればいい。

人は自らの力で立てる。自らの力で生きていける。
心を支えるために神という存在を必要としても、心の支えだけでいい。
神がよけいな手出しをすればするだけ人は自ら立つ力を失う。


 154602: 、 ネヴァモア 2001/04/11 00:02:54 


神の実在など不要なのだ。でなければ人は一体何を目指せばいい。
神が実在し神が人に影響を十分与えうるとしたら?
だったらすべて神に任せてしまえばいいのか?
それとも神と同等に立てるというのか?

神はいらない。人の世界に手を出すな。人は人のみで生きていく。
自らの足で立ち、自らの手で耕し、自らの心で愛し、自らの理として死んでいく。

それでもあえて存在するというならば、それは我等人と同等な存在となれ。
人が目指し、いつか越えるべき存在となれ。絶対ではなく!
だから戦う。だから滅ぼす。越える為に。自ら立つために!
人が神に頼らぬために!人が人でありつづけるために!!


 154603: ネヴァモア反論 ネヴァモア 2001/04/11 00:03:59 


色々言いたい事はあるが取り敢えず気付いた事を述べさせていただく。

上でフーシェン氏が昔話を述べている。信ずる者を救おうとしない神を象徴した物語である。言わんとしたい事は「命の危機が迫っている信徒一人救えない神に存在価値は皆無」という事だろう。

一方Sein氏はこう語る。「奇跡だ奇跡だとやたらと手を出し口をはさむなんて神のすることか」。

ここに大きな矛盾がある。一方で直接の救済を為さない神を恨み、他方で神の直接救済を非難する。前者にとっては救済こそ神の存在価値であるのに対し、後者では救済と言う人への影響そのものが有害で唾棄すべきものと言っているのだ。

さすれば一体、神にどうしろと言うのか?


 154604: 、 ネヴァモア 2001/04/11 00:04:32 


神滅などと物騒な思想を掲げるからにはそれなりの意見のまとまりがあるものと思っていたが、どうやらそうではないようだ。

結局汝等は各自適当な理由で神を殺したいというだけなのだろう。
ロジックとは真理の究明の道具としてあるべきだ。
だが汝等は真理を勝手に先に決め、その後でロジックを後付けする。
要するに神を批判できればそれでいいのだろう。

神滅という他者の否定によってのみ己が存在を誇示せんとする。
それが汝等神滅の徒であり、結局それだけが目的に相違ない。
素直にただ殺したいからだと言いたまえ。


 154605: Sein氏の反論 ネヴァモア 2001/04/11 00:05:13 


神という絶対者が存在するというのならばこう有るべきだと思うことを
私は言っただけ。
相応しくない存在ならばそれに抗い、戦い、自らの望みを果たす。
それが人間じゃないか?

古より人は自らの意思どうりにならぬものと、無駄と思わず戦い続けて来た。
いま私は神という絶対者に抗い、戦いを挑む。
神がその座に相応しくないと思うから。適当ではない。私の信念だ。

倒すための理由はそれぞれあるだろうとおもうから、
前述の理由と相反するとしても自らの理由を述べたまで。
始めの理由の違いがどうしたというのか?思いは同じ、目的は同じ。
こんな理由で神を滅ぼしたいとそれぞれの思いを持って集まることが
そんなに愚かだとでもいうのだろうか?


 154606: 、 ネヴァモア 2001/04/11 00:05:41 


もっともそれに参加する人々の理由はそれぞれだと思うけど。
それすら無視して理由も目的も一つだと言い切るのが正しいと?
強き力に迎合する者、友人が行くから行く者、自ら望んでいく者。
それぞれに事情があってしかるべきだとわたしは思うね。

そもそもの目的が”神を自分の思う存在とさせる”という目的ならば
神に対する意識が違う状態の人間が共にあるのはおかしいだろうが、
目的は神滅なのだからこの場合おかしいとは思わないさ。
理由が同じでも目的が違う場合だってあるじゃないか?

きっと神滅を果たせば、道は分かれることとなるだろう集団だけれど
今は自ら望んで同じ目的を目指す。
自らの意思だからけして消え去る事はない。


 154607: ニコラス氏の意見 ネヴァモア 2001/04/11 00:06:41 


以前、宗教が無価値であれば神は無意味か、と問うた。
我は宗教が無価値とも、神の無意味とも考えぬ。

信仰は汝らの心の安らぎにして救いであろう。
宗教はそれを求める人々には欠かせぬものであろう。

信じる者と否定する者は、それを望む者か否かの違いでしかない。
そして、そのどちらの否定されるべきではないだろう。

だが…
汝らの聖神とは真実、アースという存在なのか?
汝らの望む神は汝らの心にありて、汝らの魂を救うもの。

アースという絶対の力でこの世界に存在している神は、
真実、汝らの望む聖神であるのか?


 154608: 、 ネヴァモア 2001/04/11 00:07:07 


我らが反聖神の名の元に死を与えんとするは、
かつてネーブルが封印から解き放ちし、
その昏き目を布で隠しし、汚れた翼をもつ者なり。


我は、汝らの宗教理念を否定もせぬし、
汝らの信仰を愚かしいとも思わぬ。

だから、あえて問おう。
汝らの望む聖神とは真実、この世界に在するアースという存在なのか、と。

誰の私物ではない、このネバーランドで入国審査を行い、
人々の声、多く集まりし時には「裁き」を与え、
時には災害をもって国々に災いをもたらし、
その一方で金銭をもって家々に加護を与える。

我は、汝らの信じ求める聖神と、
今この世界に君臨するアースに、
なにか違和感を感じてしまうのだよ。


 154609: 。 ネヴァモア 2001/04/11 00:07:41 


>神滅などと物騒な思想を掲げるからにはそれなりの意見のまとまりがあるものと思っていたが、
>どうやらそうではないようだ。

こちらは宗教ではないのでな。
まともに宗教論争できぬのは申し訳ないと思うよ。

それにな、反聖神はカイゼルオーンの、そしてディオス=マタリフェの絆なのだよ


 154610: フーシェン氏の訂正と意見 ネヴァモア 2001/04/11 00:09:13 


ネヴァモアさま>
少し遅くなりましたが、わたしのした話について、
少し誤解があるようなので正させてください。

あれは救済を与えぬ神への恨みつらみを語るものではありません。
あれは、神への信仰のために世界に対する視野を狭められ、
無駄に諍い、無駄に血を流し、
あまつさえ裏切られたという思いを抱いて死んでいく、
そんな悲しむべきたくさんの人々の、悲しむべき人生を
神が生み出しているということを語ったのです。

余談ながら、あれは昔話というよりは訓話のようなものなので、
ロジックが先に立つのは、まあ仕方のないことかと……。


 154611: 、 ネヴァモア 2001/04/11 00:09:42 


真実、神が人に救いを与えるとか、与えないとかいうこと。
真実、神が人を正しい道に導くとか、導かないとかいうこと。
それは、もう語る必要もないことで、大事なのは、
そう信じられているということ。
そう人々が信じているということ。

そう信じることが人の心を枷にはめ、鎖につなぎ、檻に封じ込める。
檻の中で、人は自分で考えることもなく、
ただ神の名において語る者の言葉に唯々諾々と従う犬に成り下がる。

確かに檻の中に囲われていれば、
飢え渇くこともなく、外敵におびえることもなく、
安楽を得られるのかもしれない。

しかし、その先に何があるというのか。
あらゆる可能性を奪われ、飼い殺されるだけの未来ではないのか。

ならば、神という檻を叩き壊し、鎖を断ち切り、枷を割り砕き、
すべての悪夢を振り払わなくてはならない。


 154612: 。 ネヴァモア 2001/04/11 00:10:07 


人に救いを与えられるのは、人だけ。
神の愛などより、人の愛の方がどれだけ人の心を慰めることか……。

わたしは思うのですよ、ネヴァモアさま。
あなたは、あなた自身の名と、心と、言葉で
人々に安らぎと導きを与えるべきでないのかと。
神ではなく、あなた自身によって。

あなたはそれができる人だと、わたしは信じます。
ですから、あなたが神にこだわり続けることが、
わたしにはとても残念でなりません。

わたしは思うのですよ、ネヴァモアさま。
あなたこそが最も神を殺すべき位置にいる人であると……。


 154613: ネヴァモア、総括的な反論(1) ネヴァモア 2001/04/11 00:11:30 


仮に重税を課して民を苦しめる領主がいたとする。
これに対し如何なる行動を取るのが正当であろう。
早速剣を取り屋敷に殺到するのが道理だろうか。

違う。まずは交渉を設けようとするのが理である。
何故重税を課すか、それによって民がどれだけ苦しんでいるか。
逡巡と説いて、それでも受け入れられない時、
言葉による解決の見込みが閉ざされたその時、
初めて武装蜂起に及ぶのがおよそ理性ある人間のする事である。

上での「領主」が神の比喩であるのは言うまでも無い。

ところが汝等は初めから神を滅ぼすべきと決め付け、
一切の対話も交渉も為そうとしない。
神に不満があるならば、何故対話を求めようとしない。
何故頭ごなしに滅ぼすべきものと決め付ける。
何故最初から暴力的な手段に訴えようとする。

「要らぬから殺す」。
一体、無法者の集団と何の変わりがあろう。


昔フェンリル氏が神を呼び寄せようと試みた事があった。
そこに汝等のほとんどは姿を見せなかった。
こういった場所には喜び勇んで顔を出すにも関わらず……。


 154615: (2) ネヴァモア 2001/04/11 00:11:59 


汝等はアースという存在を如何なるものと考えているのか。
人格を持たぬ概念か。抽象的なシンボルか。
それとも汝等の名誉欲を満たすための障害か。

違う。アースとて一つの意思ある存在である。
(何故なら元エンジェルであるから)。
他を超越した力を持ちつつも――哀しみを、喜びを、
楽しみを、そして怒りを――感じる存在である。

その点は我等と変わらぬ。
だが汝等はその事実を知らぬか、忘れたか、
あるいは意図的に無視しようとしてはいまいか?

意思は――個人の尊い人格は、尊重されねばならない。
例えそれが人にとって有害となり得ようとも、
汝等の判断で蹂躙されてはならないのである。

日頃「滅ぼす」と罵られるものの気持ちが判るか。
存在それ自体を否定されるものの孤独が判るか。

ただ「神である」それを以って好き放題に言い散らす。
そんな汝等の、他者を推察する想像力の微塵も無い態度。
およそ理性ある存在がとるべき態度ではない。


 154617: (3) ネヴァモア 2001/04/11 00:12:41 


神がこの世界を狙っていると言わんばかりの言説を耳にする。
しかしそれは一体何の証拠あっての事なのだろうか。
「滅ぼす」とまで言うからには明白な証拠を求めたい。
さもなくば神滅は魔女狩りに等しい。
また、神に迫害を受けたとの言を耳にするが、
これも個人の発言のみで客観的な証拠は何も無い。

また、もし翼の呪いを持ち出すなら見当違いである。
何故ならアースが望んだ訳ではないのだから。
呪いをかけた謎の存在を非難したまえ。

さて、以下はPL意見になってしまうが、
いくら設定上の神だからと言って、勝手に誹謗中傷に等しい
設定を設けてしまうのはいかがなものか。
やれ、「神に迫害された」だの「苦痛を味合わされた」だのと。
そのうち大真面目に「神に財布を取られた」と
言い出す手合いも現れるかもしれない。

私が仮に「○○(PC)に親を殺された」と言い出せば、
必ず○○から抗議があるに違いないだろう。
世迷い事もいい加減にせよ。

せめてそういった設定を持ち出すからには、
誰もが納得のいく理由ないし証拠を見せて頂きたい。


 154618: 反論まとめ ネヴァモア 2001/04/11 00:13:23 


以上3点を以って神滅思想への反論とする。
骨子は――

1.理に適うプロセスの要求

突然「神滅」という結論に至るは飛躍も甚だしいものである。

2.アースという人格の尊重

ただ神だからという理由で、我々と同じように心を持つ存在を
抹消せんとする事の不当。

3.論ずるに足る証拠の要求

言わずもがな。
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